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#004 阿部 雅司

2020年1月25日(日)、今年最初のアスアスラボは、冬の北海道ならではの競技、ノルディックスキー。先生を務めたのは阿部雅司さん。三度オリンピックに出場し、金メダルも獲得したトップアスリートから教わること。そして、自身も北海道に生まれ育ち、ノルディックスキーをはじめ、ウィンタースポーツの楽しさを子どもの頃から体感してきたからこそ伝わる想いがある。



少しでもノルディックスキーの楽しさを覚えてもらいたい


雪に覆われた札幌・厚別競技場のトラックを会場に行われた『ノルディックスキーラボ』。今回、アスアスラボとしては初めて、全年齢を対象に、初心者から経験者まで60名の参加者が集まった。


「今回は、初心者と経験者、2グループに分けて実施しました。第一部の初心者クラスでは、初めてクロスカントリースキーを履いた人が半分以上いて、最初に楽しくないと思ってしまうと今後につながらないので、少しでもノルディックスキーの楽しさを覚えてもらえるような内容にしました。今日はちょっとスキーが滑りにくい雪質だったのですが、子どもも大人も少しずつスキーに乗れるようになって、最後の方には結構スピードを出して歩けるようになっていたので、本当に良かったです。第二部の経験者クラスでは、大会に出ているような人がほとんどだったので、大会で少しでもタイムが縮まるように、少しでも楽をして滑れるようにという技術練習をしました。今日学んだことを、個々のトレーニングにも活かしてもらいたいという想いで、いろいろなエクササイズを紹介しました」



現役引退後、全日本のノルディックスキーのコーチとして世界をまわってきた阿部さん。参加者の年齢や経験の違いが混在する中での指導には、伝える難しさが伴うだろうと想像するが、ポイントはいたってシンプル。何よりも競技の楽しさ、魅力を伝えることを大切にしていた。


「大人の方には具体的な指導もしましたが、小さな子どもには、あまり技術的なことよりも、とにかく“気持ちよく、リズムよくいこう”というふうに、あまり細かいことは言わないように心がけていました。ノルディックスキーは日常で誰でもできるスポーツなんです。冬になるとどうしても外に出てスポーツをする機会がなくなると思うのですが、北欧なんかに行くと、玄関にスキーが置いてあって、数百メートル先の家までスキーで行くとか、リュックを背負ってスキーで買い物に行くとか、子どもからお年寄りまで生活の一部としてノルディックスキーを楽しんでいるんですよね。それを雪国の北海道の皆さんにも知ってもらいたくて。だから、今回年齢制限を設けなかったということでもあります」



小さなステップでいいから、今の自分より上に行けるような目標を持つ


物心つく前からスキーに乗っていたという阿部さん。1歳の時にスキーに乗っている写真があったという。両親の勧めで幼い頃からスキーに触れ、スキー場はもちろん、近所の裏山で滑ることが日常の遊びだったと言う。当たり前に身近にあったスポーツにおいて、プロの選手を目指すようになったのは社会人になってからだった。


「小・中・高とスキーを続けてきましたが、良い成績はほとんどなかったんです。中学の時に全国大会に出場した時も、30位、40位と言う結果。成績は悪かったんですけど、自分はすごく負けず嫌いなところがあって、このまま終わりたくないという気持ちはずっとあったんです。僕より強い選手はたくさんいたけど、努力すればなんとか追いつけるんじゃないかっていう。社会人になって働きながらスキーを続けることになって初めて、プロ意識を持って真剣にやり出すようになりましたね」


子どもの頃から続けてきたスキーと、プロ意識を持って続けるスキー。その様々な過程において、どのような目標設定をしてきたのだろうか。


「小・中学生の頃は、漠然と大きな目標を立てていたけれど、実際にはそこにはたどり着いていないんです。でも社会人になって自分のことをしっかりわかるようになってきてからは、自分の中でちょっとハードルの高い目標を持つようにしていました。今すぐクリアできそうな目標があるとしたら、それのひとつ上を目標にするようにする。そうすれば、ひとつ手前の目標が結構簡単にクリアできるようになるんです。それで次へのやる気が出てくるようになる。小さなステップでいいから、今の自分より上に行けるような目標を持つ意識をすることが、一歩だと思うんです」



ライバル選手など、周りの環境に左右されないようにも意識していたと言う。


「大会などでは、100%の力を出しても僕より強い人がいたり、100%の力を出していないのに優勝してしまうこともある。僕は常に自分の中での目標を設定するようにしていました」


この失敗があったから、自分を見直す機会になった


自身を負けず嫌いと評する阿部さん。自分がこうと決めたら、周りが見えなくなって失敗することも多かったのだそう。しかし、その失敗があったから気付けることがあり、それが成長への一歩となる。大人になってからのこんなエピソードがある。



「社会人になって、練習した分どんどん結果が出てきた頃。日本の選手ではトップの方にいたのですが、さらに上を目指すために、仕事をしながらではなく24時間練習に打ち込みたくて、社長に直談判してフィンランドに1年間行ったんです。朝昼晩、前の年の倍トレーニングをして、これだけやったら世界の誰にも負けないくらいやったぞといざ開幕戦を迎えたら、それまで国内の試合でずっとトップだったのに、20位、30位という結果だったんです。あれだけ頑張ったのになんでなんだと、悔しいからまた練習して、結局1シーズン棒に振った時期がありました。シーズンが終わって練習日誌を読んでみると、海外に行ってから“休養”の文字が一つもなかったことに気づいたんです。毎日休まず練習して、結局やりすぎて筋肉が慢性疲労になってしまった。その時に初めて、これじゃダメなんだと思いました。ただ練習すればいいのではなく、ちゃんと計画的に考えなければならない。例えば僕が一升瓶だとしたら、一升瓶分しか中身は入らないのに入れすぎて、全部溢れていたんですよね。でもこの失敗があったから、自分を見直す機会になったと思います」



そしてこのフィンランドでの気づきや経験は、現在の指導者としての活動にも活かされている。


「日本でトレーニングをしていた時は、すごくいいジャンプをしても“今、ちょっと膝が動いたぞ”とか、すぐに細かい指導があったんです。自分の中ではいいジャンプだったのに、最初に“あ、ここダメだったんだ”って知ると、どんどん悪い方にしか意識がいかなくなって、調子を崩してしまうこともありました。でも、フィンランドのチームと一緒の練習でジャンプに大失敗してしまった時、そのコーチは真っ先に“今のここが良かったぞ”って言ってくれたんです。そして、“ここがダメだったから、今のジャンプになったんだよ”と続けてくれたことに、すごく聞く耳を持てたんです。失敗のジャンプから最初にちょっといいところを見つけて、次に直すべきところを伝えると言う指導を実際に受けて、すごくやる気出るなって思ったんですよね。だから自分が指導者になった時も、頭ごなしに悪いところを言うんじゃなくて、なるべくいいところを見つけて、やる気を出させてから教えるようにしていました」



スポーツとは、生きていることを実感できるもの


ノルディックスキーラボの直後に、2030年の冬季オリンピック・パラリンピックの招致に札幌が正式に決定。阿部さんには、プロアマ問わずアスリートが北海道を盛り上げて、多くの人々に関心を持ってもらって招致を成功させたいと言う今後の目標がある。“一生懸命”という言葉が好きで、どんなことに対してもブレずに一生懸命取り組んできたというできた彼なら、その目標をきっと最高の形で叶えられるだろう。


「僕にとってスポーツとは、生きていることを実感できるもの。失敗して悔しかったり辛い時もあるけれど喜びもある。スポーツをしなかったらそういったことが感じられなかったと思うんです。だから子どもたちも、思い切って失敗してもいいから、恐れずにいろんなことに挑戦して欲しいですね。まずは行動をしてみる。そこからきっと得るものがあると思います」



阿部 雅司 ​ Masashi Abe


北海道留萌郡小平町出身。中学校からノルディック複合競技を始め、東海大四高校に進学後に東京美装興業(株)に就職する。3度のオリンピックに出場し(1988年カルガリー、92年アルベールビル、94年リレハンメル)、リレハンメル五輪ではノルディック複合団体金メダルを獲得。95年、札幌でのワールドカップで現役を引退。全日本のコーチとして海外を転戦し、2014年ソチオリンピックにてノルディック複合メダル獲得に貢献の後コーチを引退。16年より名寄市職員としてジャンプ競技の普及・指導の道を進み、北海道からメダリスト輩出を目指す。講演会やイベントゲストなど、全国各地で活躍。札幌オリンピックミュージアム名誉館長。

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