ATHLETES VOICE#008 建山 義紀

3月20日(土)に北ガスアリーナ札幌46で開催された第8回となるアスアスラボの競技は野球。日本ハムファイターズを経てメジャーリーガーとして活躍してきた建山義紀さんを先生に迎え、『ピッチングラボ』が行われた。侍ジャパンの投手コーチも務めてきた建山さんによる子どもたちへの指導には、どのような意識があったのだろうか。そして建山さん自身の経験と重ねて伝えたい、スポーツとの向き合い方。



自分の力を最大限発揮するために

小学4~6年生、中学1~3年生の約90名が集まった今回の『ピッチングラボ』。参加者のほとんどが少年野球のチームや学校の野球部に所属しているというなかで、建山さんがメニューに選んだのはキャッチボール。野球の基礎中の基礎といえるキャッチボールを通して、障害予防となるトレーニングや負担のかからない投げ方を身につけ、そしてその中で自分の力を発揮することを考えるというテーマ設定をして、指導に臨んだ。



「たくさん練習の量をこなすのもよいことなのですが、成長期の子どもたちにたくさんの練習量を課すことで怪我に繋がってしまう、という事例も多くあります。まずはしかるべき技術を身に付けてから、量をこなすという方向に向かってほしくて、今回はボールを投げることにおいて大切な肩甲骨の柔軟性や、肩ひじだけでなく身体全体を使って投げるために股関節を意識するといったメニューを組みました。ピッチングのコントロールをよくするために大切なことはやはり再現性。極端に言うと、どんなに悪い投げ方をしても、その動作を何回も繰り返しできるのであれば、コントロールはよくなります。手先や腕だけではなく、お尻や胸、背中など身体の大きな筋肉を使うことで再現性が高まり、身体への負担も減る。そしてコントロールが身に付いていくと考えています」



野球日本代表、侍ジャパンのコーチとしてトップクラスの選手への指導も務めてきた建山さん。今回参加した小学生の高学年から中学生までの子どもたちへの指導において、どのようなことを感じたのだろうか。


「対象年齢が若ければ若いほど、指導は難しいですよね。侍ジャパンのトップチームに集まるような選手たちは、こちらのアドバイスが自分に合うか合わないかの判断をして、時には聞き流すこともできる能力を持っています。しかし小・中学生の若い子たちは教えたことをそのまま鵜呑みにして、すぐに実践しようと頑張る。だからこそその子に合った言葉をしっかり選んで伝えなくてはいけないですし、あまり難しいことを言わない方がいいと思っています。今回の野球ラボでも、できないことがあったり、僕の言っていることがわからなかったとしても、いつか、“あのとき教わったのはこのことだったのか”って、気づいてもらうことが目的。もちろん気づくのが早ければ早いほどいいんですけど、指導者はすぐに答えを求めてはいけないと思うんですよね」



そして野球の指導そのものにおいても、未来への目標意識を置いている。


「野球の指導っていうのは、まだまだ進歩していかなければいけない部分があると思うんです。コーチングで大事なのはその人との関わり合いだと思うので、言い方とか相手の立場に立ってみるとか、配慮の部分がすごく大事だし、時には、叱咤激励も必要だと思う。自分がまた指導者になるかは分かりませんが、その立場になった時に、しっかり相手のことを考えながら、指導できる存在になっていきたいと思っています」



常に物事を掘り下げる、目標設定の仕方


建山さん自身、アスリートとしてのこれまでの野球人生を振り返ると、どのような目標設定をし、その目標と向き合ってきたのだろうか。


「目標設定のためには、常に物事を掘り下げて考えることが大事だと思っています。たとえば、高校生になって130キロのボールを投げるために下半身の土台作りを3ヶ月頑張るとか、今週何をすべきか考えて掘り下げていくと、タイムスケジュールがどんどん出来上がっていく。そういう考えができる人って成長が早いと思うんです。僕は小学生の時にはそんなことはできていなかったし、それに気づくのも遅かった。それこそ、メジャーリーグで活躍している大谷翔平選手は、自分ノートをつけているし、ゴミを拾うことも野球に繋がるという考え方を持っている若者。色々なことを掘り下げて考えることは目標を設定し、達成するための大切な要素かもしれないですね」



建山さんは、“全国大会や甲子園で優勝したい”といった外に向かった目標よりも、“強くなりたい”という、自分自身の内側に向かったタイプの目標設定を持っていた。


「やっぱり一番頑張れたのは、身近にライバルがいたからだと思っています。高校生の時、同じ野球部の同級生に、ジャイアンツでもメジャーでも活躍した上原浩治がいて、彼に負けないためにどうやってエースの座を守るかとか、強い気持ちを持てましたね。負けたくないって気持ちは、ほんとうに大きな行動力を生むので、スポーツには大事なことだと僕は思いますね」


ライバルの存在で自身の精神的な弱さを奮い立たせてきた建山さん。しかし試合前には緊張状態に陥り、その壁を乗り越えるための苦労をしたのだそう。


「プロ時代での話になりますが、僕はどうしても精神力がなくて、緊張しているくせに緊張を隠す癖があって。よくないと思っていてもその精神的な壁を乗り越えられずに苦労しました。でも、開き直りの心を持てた時に初めて自分の力を発揮できたなと思うんです。試合に向けてやるべきことをすべて準備できていれば、マウンドの上で、『もうやることは全部やったし、ダメだったら仕方ない』と初めて開き直ることができて、力が出せるようになったんです。それは諦めではなくて、しっかり周到な準備をしてきたからこその権利ですね。その当時僕は30歳くらい。若い頃は精神的なものが邪魔して思うように力も発揮できなくて、チーム、監督、コーチに迷惑をかけたこともありました。だからこそ早く気付いて取り組むと、それだけ活躍につながるから、1年でも早く気付いてもらいたい部分ですね」



スポーツは、やったらやった分だけ跳ね返ってくるものではなく、なかなかうまくいかないときが多いものだと建山さんは言う。そのうまくいかない時にこそ、成長へのチャンスが潜んでいる。

「指導をするときにもよく言うんですけど、なかなかうまくいかない時でも、やり方はひとつじゃない。もちろんやり続けることも大事なんですけど、このやり方じゃダメだから別のやり方を考えるということが、最大限の成長につながっていくと思うんです。僕もたくさんのいいピッチングコーチに教わってきましたが、自分の中でなかなかうまくいかないことが3、4年続いたことがあって、それで自分でやり方を変えてみようと思ったんです。具体的に言うと、腕のアングルをもっと下にして大胆に変えたら、すごく良い成績が出せるようになったんです。目標を変える必要はないけれど、発想の転換でうまく転ぶことなんてたくさんある。だから子どもたちも、スポーツにおいては、ひとつのやり方に捉われずにいて欲しいですね」




アスリートだからこそ視える景色


トップアスリートになればなるほど、直面するハードルは高く、困難な道のりが続く。しかしそれをやり切った時、決して頻繁に味わうことのできない達成感こそが、アスリートの喜びだと建山さんは言う。


「5年に1回とか、滅多にないレベルなんですが、その時に得られる達成感は、ちょっとすごいですよね。もちろん個人タイトルも嬉しいんですけれど、やっぱりチームで優勝することはそれ以上の喜び、達成感があると思います。個人タイトルも取ったことありましたけど、やっぱり嬉しかったのは2006年と2007年の優勝なので」



建山さんが経験してきたアスリートとしての達成感、喜び。これからそこを目指す子どもたちに、最後に力強いメッセージをくれた。


「すごく抽象的ですけど、粘り強くいってほしいなと思います。先ほども言いましたが、野球だけでなくスポーツ全般に言えることですけど、そんなすぐに結果がでるようなものじゃないと思うんですよね。僕も二度野球を辞めようと思ったことがありました。でもなんとか粘り強くやってきたから、今の人生があるわけで。そして野球を通じていろんな大切なことを学ばせてもらっています。コロナの状況などもありますが、それでもできることってあるし、今の時代、粘り強く丹念に続けられる子が、もっともっと強くなっていくんじゃないかな」



建山 義紀 Yoshinori Tateyama


元プロ野球選手・野球解説者。1975年12月26日生まれ、大阪府出身。1998年ドラフト2位で日本ハムファイターズに入団。サイドスローから繰り出すキレのある直球とスライダーを武器に、2004年からはセットアッパーに定着し、同年13ホールドで最優秀中継ぎ投手を獲得。2010年オフ、FA権を行使しアメリカ・メジャーリーグのテキサスレンジャーズに入団。2014年シーズンを以って現役を引退。引退後は野球解説者として活動。現在は野球日本代表(侍JAPAN)投手コーチを務めている。

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