#001 森本 稀哲

2019年11月16日(土)に開催された第一回アスアスラボにて『野球ラボ』の先生を務めた森本稀哲さん。現役時代、数々の表彰歴や記録はもとより、抜群のムードメーカーとしてもチームに大きく貢献し、その存在感を放っていた。そんな彼がアスリートとして視た世界は今、どんな言葉や行動を通じて、子どもたちに届けられるのだろうか。


“今持っている力より少しでも上手くなった”という感覚を持つ


この日の参加者は小学4年生から中学2年生までの約50名の子どもたち。年齢の幅や習熟度などの個人差もある中で行う約2時間の野球教室に、森本さんはどのような意識で臨んだのか。


「ひとつ上のレベルの野球教室を目指しました。ただ楽しく時間が過ぎるのでも、ただなんとなく上手くなるものでもない。“こうしたから上手くなっているんだ”という感覚を子どもたちに掴んで欲しい。それが僕が考える“ひとつ上”。では、限られた時間の中でその感覚を持つってどういうことだろう? と、僕も子どもの頃のことやプロ時代を思い返してみたのですが、成功体験の瞬間や自らが楽しんで前向きな気持ちになった時に、コツを掴んだり、上手くなったという感覚が得られると思うんです。技術的なことを教えて上手くなることもありますが、もともと人に備わっている“楽しみたい”という感情が表れた時、何も教えなくても上手くなる。だからその感情を子どもたちからいかに引き出すかをテーマに指導を行いました」



野球教室での指導はいつもコーチングの難しさがあるという森本さん。今回のアスアスラボでもそう感じながらも、いつもよりも一歩踏み込んだ指導になった。


「子どもたちの個人差というのはあまり関係ないし、全員が同じことを上手くできる必要はありません。大事なのは一人ひとりが“今持っている力より少しでも上手くなった”という感覚を持つかどうか。だから、いつもは上手くいかなくても“頑張ったね”と言っていたことを、アスアスラボの野球教室では、“もう少しこうした方が上手くいくよ”とか“やっぱりこうしたから上手くいったじゃん”と可能性を示しながら子どもたちと向き合えたと思います」



前向きな気持ちはすべてをプラスにする


子どもたちの“楽しい”という感情を引き出したいという森本さんにとって、野球の楽しさとは。そして彼自身が子どもの頃、野球とどう向き合っていたのだろうか。


「僕は小学生の時、野球より先にサッカーを始めました。でも当時まだサッカー人口自体が少なくて、同学年の子でサッカーをやっている子がいなかったんです。だから全然友達もできなくて面白くないなって思っていた時に、野球に誘われて。そしたらみんなでやるのが楽しくて。サッカーの方が楽しかったのに、野球の環境の方が楽しくなっていって、そこから続けるようになりました。プロに入ってからは自分の成績が重要になってくるんですけど、結局野球ってチームスポーツなので、自分が打っても試合に勝てなければ僕は楽しくなかったんですよね。チームが勝つためには自分だけが上手くなればいいわけじゃない。子どもの時から意識はしていたと思います」



野球を楽しみながら、少しずつ上達していくというその成長過程において、どのような目標を持ち、意識してきたのか。当時の印象的なエピソードがあった。


「小学生の時はただただ上手くなりたいっていう気持ちくらいで、週に一回だけ楽しく練習するようなチームでした。でも、平日も練習しているチームってやっぱり強かった。そして6年生になってから、だんだん負けたくないという気持ちになって、みんなで夜走ったり、タイヤを引いたりするようになったんです。なぜそれができたのか今思うと、週一回よりもっと野球がしたいというのはもちろんなんですけど、周りの大人が少しだけサポートしてくれたこともあると思います。庭のティーバッティングを使わせてもらったり、走る時に誰かの親が自転車でついてきてくれたりという大人のサポートがあって、それで自分たちも“頑張っている、これで上手くなるかもしれない”という感覚を持ったんです。子どもの時って“頑張れ頑張れ”って言われても実際は何を頑張ればよいかよくわからない。でも、自分たちの好きなことを自主性でやっていたから、“俺ら今頑張れている!”って感じられて、さらにそれが喜びになっていたんだと思うんですよね。決められたことだったら嫌になっていたと思います。やらされている感がなかったからどんどんやる気をそそられたというか。最初は少ない人数だったのに、気づけばみんな集まっていて。その時のことは今でも印象に残っていますね」


押し付けるのではなく、そっとサポートする大人の存在が子ども時代の森本さんの記憶に強く残っていた。そして現在の子どもたちへ指導についても課題を感じている。


「子どもたちの限界を決めてしまったり、彼らが行きたいと思うところにブレーキをかけてしまうような指導も多く、大きな課題だと感じています。子どもってポジティブ要素をいっぱい持っているから、もっとやりたいようにやっていいということを植え付けてあげたいと思いますね」



中学生くらいまでは自分の課題や限界はなかなかわからない。でもそれを意識しすぎたり、ネガティブに考えずに、どんどん練習すれば上手くなれるということを信じてやっていけばいいと森本さんは言う。


「僕が中学1年生の時、入部当時はボールが外野まで飛ばないくらいバッティングが苦手だったのに、3年生の時にいきなりクリーンナップができるくらい上達した子がいたんです。きっと死ぬほど素振りしたんだなと、その子の手を見せてもらったらマメの数が半端じゃなくて。この子本当に頑張ってきたんだなって目の当たりにしたことがありました。そのことで自分ももっと打てるようになりたいと思ったし、自ら練習もする。前向きな気持ちはすべてをプラスにするんですよね。特に小中学生時代は、やればやるほどに変わっていきます。色々な環境があるけれど、自分の中でよりよくなりたい、成長していきたいという気持ちがあれば伸び続けると思うんです」


その一方で、成長したい気持ちをなかなか持続できなくなったり、結果が思うようについてこない時もある。森本さんもプロ野球選手になってから3年経った後、自分の成長が止まったと感じたことがあった。



「現状に満足してしまったんだと思います。でもプロの世界なので、上手くいかないままだとクビにもなるし、このままだと終わってしまう。“ああ違う、俺、成長しなきゃ”って、目が覚めました。それで今まで以上に成長への意識が強くなっていきました。上手くいっている時って、結果を欲しがらないでやっていた時だと思います。例えば、ヒットやホームランを打つという結果を求めるのではなく、今の自分が持っている力を発揮する。それ以上のものは出そうとしない。その意識が大きいのかなと。上手くいかない時って、欲張ったりよく見せようとしていたんですよね。ヒットは打ちたいけれど、なんとかしようとボールに飛びついてもだめ。今の自分の力を出すしかない。ヒットという結果は変わらないんだけど、そこまでの過程や意識が上手くいく時といかない時では全然違います」


やってみなきゃわからない。やってみて、新しいものが生まれたりする


小学生、特に男の子の将来の夢では、スポーツ選手が常にランキング上位にあり、アスリートを目指すたくさんの子どもたちがいる。プロ野球選手を経験した森本さんにとって、アスリートになると得られるもの、そしてアスリートの喜びとは。


「五感を研ぎ澄まして得られる成功体験というのは、アスリートにしかできないことなんじゃないかなと思います。どんな世界でも成功はあるけれど、アスリートは人間にとって大事な体中の感覚を使って成功体験ができるから、すごくわかりやすいですよね。心と体が一緒になって良いパフォーマンスができて、その姿がファンに伝わった時が嬉しい。成功しただけではなくて、それが周りの人たちに伝わったんだなっていう。ただ、ひとつのもの(競技)しかできないので、行き詰まってしまうと逃げ場がなく、そこでしか解決できないという苦しみはありますね。だからちゃんと自分で納得する決断を事前にするべき。答えが出るまで考えないと、後悔につながるから。迷う時はとことん迷っていいと思うんです」


アスリートを夢見る子どもたちに「限界を決めるな!」とエールを贈る森本さん。その言葉を自身が体現するように、現在も様々なことに挑戦し続けている。そんな彼が今も変わらずに持っている軸があると言う。



「自分の中で信念を持ち、その形を決めないということ。形があると制限がかかってしまってできることもできなくなってしまうけれど、そこに信念があるかどうかだと思うんです。引退後もいろんな仕事があるしチャレンジをさせてもらっています。やってみなきゃわからない。やってみて、新しいものが生まれたりする。仮装させられることもありますが(笑)、面白半分でやるのではなく、その先に自分という人間を発信するという意識を持っているか。そしてその中で常に自信と謙虚さがあるかどうかを大事にしています。自信が強すぎると過信になったり、謙虚すぎると魅力が発揮できなくなる。だから第三者目線で自分自身を見て、バランスをとっています」


現役時代、抜群のリーダーシップでチームを牽引してきた森本さん。それは自分で見つけた長所だった。肩が強い、足が速いなどと違ってかたちのないものだが、自分にしかない輝けるものが必ずある。そう信じて勝負の世界で結果を出してきた。それは引退後の今も変わらずに。その姿に子どもたちは憧れを抱き、自分だけの信念をかたち作るための何かをきっと得るはずだ。



森本 稀哲 Hichori Morimoto


1981年1月31日生まれ。帝京高校在学中、第80回全国高校野球選手権大会に出場。99年ドラフト4位で日本ハムファイターズ(現北海道日本ハムファイターズ)に入団。2011年横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)移籍。14年埼玉西武ライオンズへテスト入団。 ベストナイン1回(07年)

ゴールデングラブ賞3回(06・07・08年)

日本シリーズ優秀選手賞1回(06年)

オールスター優秀選手賞2回(06年第2戦、07年第2戦)

オールスター新人賞(06年)

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